【警鐘】スピリチュアルは飲んでも飲まれるな

はじめに

霊能者が占う店 SRsalon MEDIUMを甲子園にオープンし、早くも1年が経った。

たくさんのお客様と出会い、その内容をブログにも書いてきた。

今まで読んでくださった方の中には気付いた方もいらっしゃるかもしれない。

霊能者りらなにとってスピリチュアルとは何なのか。

私が根本的に何が伝えたいのかという部分に切り込んで書いていこうと思う。

霊能者りらなにとってのスピリチュアル

まず、私にとってスピリチュアルというものは概念というだけではない。

一般的に“呼吸をする”ということを概念だと言う人はいないのと同じ。

ただ、スピリチュアルというのは呼吸とは違うレベルの規模。

人は何故存在するのか?

何故、生命は途切れることはないのか?など哲学的ともいえる側面がかなり強い。

私にとってスピリチュアルとは“この世の理”そのものなのだ。

この世の理とは?

世の中の道理。

現世の道理。

物事の筋が通っている、 本来そのものがあるべきところから離れることない。

あるべき状態になっていること。

人として行うべき正しい筋道。

“幸せと不幸の数は同じ”という言葉を聞いたことがあるだろう。

これもこの世の理だと私は感じている。

その経験から何を学び、どう活用していくのかは自分次第。

不幸を嘆いていても何も変わらないことを人は知っている。

それでも不幸を嘆く人はいなくはならない。

本能と理性はいつも違う方向を向いているもの。

それすらもこの世の理だと私は考えている。

霊能者からの警告:スピリチュアルに浸るな

時々、スピリチュアル用語で私を陥れようとする者がいる。

最近流行のマウンティングだ。

次元や波動、アセンションが~…などなど言われる。

正直次元や波動はわかるが、カタカナ系は全く分からない(笑)

新種のスイーツか何かかと思ってしまうくらいだ。

聞き返すと鼻で笑われる。

説明を聞いても大体が響かない。

ふーん…そんなのがあるんだね。くらいのものだ。

だから私の中に残っていないのだが(笑)

その時私は必ずと言って良いほど、こう聞き返す。

『それを取り入れて、あなたは幸せになりましたか?』

これはとても意地が悪い質問だと言うことは理解している。

だが、やり返してやろうと思って聞いているわけではない。

純粋に疑問なのだ。

幸せな人はマウンティングなんてしない。

知識をひけらかしたりはしない。

答えはNOだとわかっている質問なのだ。

そしてこの質問にYESと答えた者はいない。

分かって聞いている。

だから意地の悪い質問なのだ。

だが、これは大切なこと。

もし私がこの質問をされたら間髪入れずにYES!!!と答えるだろう。

では何が違うのだろうか?

そう考え始めた。

納得と言い訳

答えはハッキリしている。

自分が納得し、スッキリする為に知識を入れるか自分が望まないことが起こった時の逃げ道。

つまり言い訳だ。

私のブログにかなりの頻度で登場する“納得”という言葉。

これは私の自分ルール。

納得すれば後悔は生まれない。

スピリチュアルの知識を言い訳に使うと危険!

私の経験上、何かの疑問や問題についてを考える時スピリチュアルに答えが出ないことはない。

大体が説明できる。

ここが大きなポイントであり、問題点。

溺れやすいのだ。

スピリチュアルの知識や考え方だけを採用し、物事を進めていくと必ず問題が発生する。

人から信用されないのだ。

もっと直接的な表現をすると社会性が欠落していく。

知識や考え方が膨大かつ固定観念が強くなりやすい世界でもある為、頭でっかちになってしまうと解釈が問題の根源から大きくずれてしまったり、覆い隠してしまったりするのだ。

だから、スピリチュアルを知らない、興味がない人からすると“ヤバイ人”と認定されてしまう。

そして最も危険なのが、“ヤバイ人認定された人”が固まって『自分たちを理解できないのは次元(波動)が低いから仕方がない』と言う。

これを言い訳という以外の表現が存在するなら教えてほしい。

本当に次元や波動、魂の位が高いなら低い人を見捨てたりはしないだろうと私は考えているからだ。

社会性とは現在を生きる力のことだと私は思っている。

人は一人では生きていけない。

常に誰かが自分に作用している。

社会性が損なわれては幸せになんてなれないのだ。

“スピリチュアル”の捉え方

幸せを求めてスピリチュアルという世界に辿り着いた者は多い。

キッカケは雑誌だったかもしれないし、ネットかもしれない。

もしかしたら占い師だったかもしれない。

だが、納得できた者はあまり多くはないだろう。

理由は都合が良すぎると感じてしまうから。

実際に都合良く解釈している者は多い。

だからこそ声を大にして言いたい。

スピリチュアルの中に幸せは存在しない。

スピリチュアルとは材料ではなく調味料

調味料だけを食べることがないのと同じなのだ。

想像してほしい。

『私、毎日調味料しか食べないの』と言っている者が居たら、確実にヤバイ!と思うだろう。

仲良くしたいとは思わない。

そういうことなのだ。

だが、料理には調味料が必須。

調味料を使わないで素材の味だけをとことんまで貫いている人がいたら、それもヤバイ人。

仲良くしたいとは思わない。

何事もバランスなのだ。

スピリチュアルは何にでも使える万能調味料、もしくは調味料セットだと認識してほしい。

ほしいものが揃っているアクセサリーショップでも良い。

びっくりするくらいマズイ食材が手元にあったとしても知恵と経験、調味料を駆使して調理すれば食べられる物に変えられる。

どれだけダサい服でもアクセサリーで印象を変えることもできる。

ここで大事なのは現実。

目の前に起こっている現実が食材、衣服なのだ。

必ず現実的に物事を考え、そこにスピリチュアルを織り交ぜること。

それが均整の取れた思考や意見、人間性や社会性を養うことができると私は考えているのだ。

まとめ

SRsalon MEDIUMにご来店くださるお客様は大体、他の鑑定士にも鑑定してもらっている。

電話占い師をしていた時もそうだった。

占いジプシーになり、スピリチュアルな知識だけが増え、頭でっかちにになり苦しんでいる方を多く見て来た。

あーでもない、こうでもないと悩んでしまっている。

だが、今回書いた内容を理解してもらえれば断捨離しやすくなるのではないだろうか。

何十年もキッチンに使わない調味料を置いている人を見たらどう思うだろうか?

着ることもない服を捨てない人の家はどうなるだろうか?

脳内も同じことが起こっているとしたら、恐ろしい(笑)

何十年も使っていない調味料なんてカビとかいうレベルを超えて、きっと化石かしていることだろう。

実用性なんてない。

そこに気付いて、使える物は使ってしまう。

使わない物は捨てるなり、置き場を変えるなどする必要がある。

知識や情報も同じなのだ。

調味料が邪魔で食材をないがしろにし、腐らせてしまうなんて罰当たり以外何物でもない。

食材の調理法、調味料の適量や入れる順番、つまり美味しい料理の作り方はプロが知っている。

だが、プロが営む飲食店でも口に合う、合わないがあると思う。

占いや鑑定士にも同じことが言える。

実際スピリチュアルな知識や情報は新しいものではない。

おじいちゃんやおばあちゃんが話す昔話や教え、神様・仏様などの話しにしっかり含まれている。

経験すれば学ぶことが受け継がれている。

それに名前が付いたのがスピリチュアルなのだ。

おじいちゃんやおばあちゃんが小さい頃に流行っていたものが今形を変えて流行っているだけ。

スピリチュアルを和名に変えるならおばあちゃんの知恵袋かもしれない(笑)

その考え方を頭に置いておけばスピリチュアルに振り回されることも、スピリチュアル関連の人間に搾取されることもないと私は考えている。

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