【長文につき閲覧注意】霊能者L!RaNaの心霊体験

はじめに

こんな体質を持っていると小さい頃から少し不思議な経験が多い。

当時は“気のせい、偶然”と片付けていたことが、実はちょっとした心霊体験だったことが今になって分かってくることも多い。

この仕事に就いてからというもの「大して怖くはないけど、不思議だね~!」の限界が人とはズレていることに気付いた。

療養期間に色々な怪談話をYouTubeで観ていて、自分も同じような経験をしていることが結構出てくる。

え!それって霊やったん!? 目から鱗のオンパレード。

こんなことが心霊体験やったならブログに書いていこうと思い立った。

今回の内容はトクモリザウルスのヤースーさんのチャンネルで観たことで思い出した内容。

気になる方は是非観てほしい。

めっちゃ怖いわけではないけど、納得できて楽しいと私は感じている。

では、私の体験を書いていこうと思う。

一番記憶に残る心霊体験

中3の修学旅行。

私は沖縄に行くことになっていた。

修学旅行の1ヶ月くらい前から<沖縄地上戦>のことをたくさん勉強していた。

私は元々沖縄にかなり行ってみたいと思っていた上に歴史が好きだった為すごく楽しかったし、ワクワクしたのを今でもよく覚えている。

その頃は自分が霊感を持っていることも、霊能力を持っていることも全く知らなかった。

自他共に認める、どこにでもいる“変わった子”

そんな中学生だった。

授業で知る地上戦はかなり衝撃的だった。

小学校の修学旅行では広島に行き、その時にもたくさん戦争の勉強をした。

その時とはまた違った衝撃を受けたのだ。

たくさんの子供や女性が戦争に駆り出され、身を粉にして働いた。

男性は訳も分からず召集され、人を殺し、殺された。

何もかもが日常とはかけ離れていることにいたたまれなくなった。

かなりの情報を入れこまれ、いざ沖縄へ。

私は浮かれていた。

完全に浮かれまくっていた。

初めて来る南国の沖縄。

みんなで来ている特別感。

いつものメンバーなのに感じる非日常感。

その時は人生で初めての彼氏ができたということもあり、尋常ではないくらい浮かれていた。

名目は戦争の勉強ですから

もちろん修学旅行はただの旅行ではない。

戦争の勉強をしまくっただけあって、行く先はほとんど地上戦関係。

もうかなり昔の事なので詳しくは覚えていない。

ただ、糸数壕(アブチラガマ)とひめゆりの塔。ここが今回の舞台なのだ。

糸数壕(アブチラガマ)

ここは鍾乳洞ではなく、洞窟と言った方が恐らく正しい。

原始人が出てきそうな狭い入り口。

確か柵のような扉が付いていたように思う。

私はその場所に向かう道中のバスの中で身体に違和感を感じていた。

素肌に冷たい布を掛けられているようなスーっと寒い感じと少しの頭痛と少しの吐き気。

“熱中症かな?”

沖縄は地元よりもかなり気温や湿度が高かったので、そんな風にしか思わなかった。

バスを降り、ガマに向かって歩いていると足が重い。

先頭近くを歩いていたのに段々みんなに抜かされていく。

“気持ち悪い。足が重い。何これ…”

そんなことを思ってはいたが、地上戦の勉強をしまくった私は感情移入が半端ない状態だった為、嫌悪感を持つのは亡くなられた方々に失礼だと思った。

頑張ろう。涼しいところに行けばマシになるやろ!

バスガイドさんが付き添ってくれた。

そのバスガイドさんは小池栄子さん似の琉球美人だった。

「大丈夫?入れる?しんどくない?」

沖縄特有のイントネーションでしきりに話しかけてくる。

「大丈夫やで!多分熱中症やと思う!」

私がそう言うとバスガイドさんは苦笑いして「…そっか」と言った。

そうしている内に入り口に到着。

直感的に思った。

ここ入りたない!絶対やばい!

なかなか足が進まず、私の先を歩いてくれていたバスガイドさんが振り返り「大丈夫?」と聞いてきた。

何故かその時私は心の中で変な葛藤が起こっていた。

“ここで入らんかったら霊感あるアピールしてるイタイやつって思われるのはダサい!!!”

…今考えると意味がわからない。

でもそのダサいやつになりたくない!という気持ちは当時の私に力を与えた。

バスガイドさんは知らない間に手を握ってくれていた。

私の手を引いて少しずつゆっくり階段を下りて行ってくれるバスガイドさん。

私の手は尋常ではないくらい震えていた。

“あかんあかん!めっちゃダサい!!!格好悪いわぁ…”

そんなことを思い、バスガイドさんの頭頂部を見ていた記憶が鮮明に残っている。

ガマの中で語り部であるおじいさんが話している。

私の右側、更にガマの奥の方でヤンチャ組が騒いでいた。

私は最後尾でおじいさんの話しを聞きながら私はヤンチャ組の行動が気が気ではなかった。

彼らの失礼すぎる行動に心底腹が立ったのだ。

ヤンチャ組の1人が何かを発見した。

泥まみれのカタツムリの殻。

それを見た瞬間、授業で観た当時の映像が頭の中で走馬灯のように流れた。

遠くの方で語り部のおじいさんが「当時の人が食べたのかもしれないね~」言っているのが聞こえる。

「うえっ!気持ち悪ぃ!!」そういってヤンチャ組の1人が笑いながらそのカタツムリの殻を固まっている生徒たちの方に投げた。

生徒たちは発狂。

先生たちが「こら!やめなさい!やめなさい!落ち着きなさい!」と言ってなだめる。

その時、私の意識は少しずつ遠のいていた。

ボーっとしている私。

私の前の人がサッと横に避けた。

その瞬間、私の右腕に何かが当たった。

足先からゾワゾワと何かが上に上がってくる。

大量のムカデが身体を這い上がってくるような感覚に息を飲んだ。

何が当たったのかを目で追うとさっきのカタツムリの殻。

バスガイドさんがカタツムリの殻を見て、私の顔をハッと見た。

気付いたら私は出口に向かって走り出していた。

バスガイドさんが叫びながら追いかけてくる。

“逃げないと!ここはやばい!逃げないと!”

それしか考えていなかった。

外に出ても意識はまだ遠い。

「待って!」

バスガイドさんが走って追いかけてくる音が後ろから聞こえてくる。

でも、私の頭の中は“逃げないと!ここはやばい!逃げないと!”という思考に支配されていた。

腕を掴まれ、立ち止まった。

その場でしゃがみ込み、息をつく。

バスガイドさんが私の横で背中を撫でながらで何か言っている。

でも方言がきつくて意味が分からなかった。

「ね、向こうで座ろうね。」とバスガイドさんに言われ腕を引かれ、日陰に座った。

暑いのに暑くない。

なのに汗は有り得ないくらいかいていて、全身が震えていた。

息を整えることに集中していると「あなた、やっぱり霊感あるでしょ?見えてるの?」と聞かれた。

「ううん。ないよ。見えてもない。」

「そんなはずないよ。」

「いや、無いよ。」

「私ここはね、仕事でよく来るけど、時々あなたみたいな子がいるのよ。あなたと同じようになる。」

「そっか…それ小学校の修学旅行でも言われたことあるわ。」

まだ頭がはっきりしていない中でこんな会話をした。

そんな会話をしている時も“霊感があると思われたくない”それだけが頭の中にあった。

ひめゆりの塔

疲労困憊の中、次はひめゆりの塔。

もう正直、ホテルに行きたかった。

しんどくて、しんどくて、立っているのもやっとの状態。

“常夏での熱中症半端ねぇ…”

そんなことを思いながら歩いていた。

ボーっとする。フラフラする。

ダラダラ歩いていると担任の先生が話しかけてきた。

「バスガイドさんから聞いたけど、大丈夫か?」

「うん。」

内心、やっべぇ…自分ちょーダセぇ。と思っていた。

「無理したらあかんで?」

そんな会話をしていたら、ひめゆりの塔に到着した。

全生徒で黙とう。

手を合わせながら私は心の中でこう思った。

はじめまして、こんにちは。

私は初めて沖縄に来ました。

地上戦のことをたくさん勉強しました。

お疲れ様でした。

私には何もできないけど、安らかに眠ってください。

そう手を合わせている間中ずっと“どうしてこんなことになったの?”とずっと横で言われているような感覚になった。

悔しくて、悲しくて、寂しくてたまらないといったような感覚。

これが地上戦で亡くなった霊がいた私に呼び掛けていたのか、私が勉強したことで感じたことなのかはわからない。

でも私の涙は止まらなかった。

悲しいのではなく、悔しかったのだ。

首里城

最終日、空港に行くまでに首里城に向かった。

2泊3日の修学旅行中ずっと体調が悪かった。

1日目の夜は高熱が出たが次の日には微熱まで下がったのだが、やっぱりまだ体調が悪かった。

確か首里城に行った時は暑かったが、風が吹いていて過ごしやすかった記憶がある。

糸数壕に行った日からあまり意識がはっきりしなかった。

ずっとボーっとしていたと思う。

沖縄の人で言うところの“マブヤーが落ちた”ような状態が近いかもしれない。

首里城の敷地内を班に分かれて回っていたと思う。

広場のようなところに出て、そこで写真を撮った。

その後だったと思う。

誰かに呼ばれた気がした。

振り返っても風の音しか聞こえない。

その時、気付いた。

何かがいることに。

赤い建物の上に気配がある。

でも、私には見えない。

視界の左側に太陽。

太陽の光に照らされて何かがキラキラしているように見えた。

私の心の中はすごく穏やかだった。

澄み渡っていた。

キラキラした場所にすごく心が惹かれたからずっと見ていた。

するとシャボン玉のような色合いが見えてきた。

意味が分からずに見続けているとだんだん形になってきた。

そして形がわかった。

その時に直感的に“神様だ。”と思った。

そしてそのシャボン玉のように透明の中にピンクや青のマーブルが動いているような神様は横を向いていた。

そして大きな角があることに気付いた。

“…鹿?”

そう思った時に神様はこっちをゆっくり見た。

突如ひれ伏したい気持ちになった。

“目を合わせるのもおこがましい”そんな気持ちになった。

でも全く動けない。目が離せなかった。

その瞬間、身体から何かがズルッと引きずり出されたような感覚になり急に身体が軽くなった。

初めての感覚に内臓が出たのかと思い、びっくりして自分の足元を見た。

その時女性の声で“もう大丈夫。”と頭の中に響いた。

また更にびっくりして、見上げるともう何もいなかった。

私は無意識に神様がいたであろうその場所に向かって頭を下げ、「ありがとうございました。」と声を出して心から感謝した。

感謝をもう一度…L!RaNaの心残り

その後

沖縄から帰ってきて私は死んだように寝続けた。

24時間以上眠っており、母が呼吸しているか何度も確認したそうだ。

私は今ここに書いたこと以外はほとんど修学旅行の記憶がない。

私の記憶の中にはあの鹿の神様が今でもかなり鮮明に残っている。

また会いたいと思い、今から2年ほど前に首里城に行ったが当時の聖域のような守られているような空間ではなかった。

そして違う神の存在は感じたが、その方の気配は感じられなかった。

かなりショックだったが、心の中だけでお礼を言った。

15年ほど前に助けていただいた者です。

またあなた様に会いたいと思いこちらに参りました。

もしその方がわかる方がいらっしゃいましたら、その旨をお伝えください。

そして私は霊能者になりました。

もし私に何かお手伝いをさせて頂けることがございましたらいつでもお呼び付けください。

私はずっとあの時の感謝を直接伝えられていないことが物凄く気がかりで、心残りだった。

L!RaNaと沖縄を結ぶもの

30歳のクリスマス。要するに去年のクリスマスに私は友達と沖縄に行った。

私は自分を霊視することができないから鑑定してもらいに行ったのだ。

何故沖縄かというと沖縄に自分のルーツがあるように感じることが頻発していたからだ。

・鹿の神様の件
・26歳頃に霊能者に「沖縄の神様に呼ばれている。聞得大神(きこえのおおかみ)って神様」と言われたこと
・鑑定に来る方がやたら沖縄の方が多いこと
・マブヤーがないことに気付ける
・やたら沖縄に行きたくなる

こういうことが頻発した。

こんなことが起こるなんて聞いたことない。

むしろ沖縄のお客様にマブヤーの話しをすると

「内地の先生にマブヤーについて言われたことなかったし、言われてみればこの症状はおばーから聞いてたマブヤーが抜けている状態に似てる」と言われるのだ。

何故かわかるのだ。

大切な物をどこかに落としてきているような感覚。

身体の中心がスコンッと抜けているようなイメージなのだ。

何故わかるのかも、何故マブヤーのことを知っているのかも覚えていない。

嘘のように聞こえるかもしれないが本当に覚えていないのだ。

そしてこれが沖縄の方の特有の状態だということ。

そんなことがわかるなんておかしいと自分でも思ったのがキッカケだった。

沖縄のユタの血を引く占い師にこの話をした。

正直全く当たっていなかったし、営業も掛けられたが一つだけ残った言葉があった。

「あなたがご縁があるのは沖縄ではなく、中国かもしれない」

その時は意味が分からなかった。

その占い師さん曰く、琉球王国時代に中国からたくさんの文化や思想、調度品が持ち込まれたらしい。

その中国から派遣された人達の事を調べてみたら良いと言われた。

そしてホテルに帰って、お土産コーナーに立ち寄ると中国から派遣されてきた人たちの偉人伝のようなものが置いてあった。

そんなものを置いているホテルはなかったので物凄くびっくりして読んでみたが、あまりピンッと来るものはなかった。

“これも不発かぁ~…” そう思っていた。

そしていまに至る。

 長い月日を経て、まさかの真実を知ることになる。

ユタの孫が何気なく語った内容に驚愕…!

私はずっと気になっていた。

見えたのは牡鹿。

鹿で角があるのは牡鹿だけだ。

でも声は明らかに女性だった。

神様は性別とか形状とか関係ないのか?とか考えていた。

中国と関係が?

中華街は好きやし、中華料理も好きやけど…と、ずっとしっくり来ていなかった。

それが今から2週間ほど前。

YouTubeでユタの孫だという芸人ヤースーさんの質問コーナー的な動画を観ていた時のことだ。

沖縄って龍神と関りが強いって本当ですか?的なことを質問され、

大昔に中国から龍神が持ち込まれた。ことを話していた。

私は息を飲んだ。

沖縄と中国を結ぶワードが出たことでギュッと心臓を掴まれたような緊張感が走った。

そしてその後すぐに首里城の話しに移行した。

その時自分の中で繋がった。

龍は9つの部位が動物に似ていると言われている。

角は鹿、耳は牛、頭はラクダ、目はウサギ、鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、腹はみずち、うなじは蛇でできていると言われている。

そう。角は鹿。

雌鹿にはない角がなくても、龍にはメスでも角があるのだ。

私が助けられたのは鹿の神ではなく、龍神だったのだ。

まとめ

完全に実話なので、オチはかなり弱い。

私にとっては怖くも神秘的な体験だった。

この体験をした5年後、私は霊能者として覚醒したのだ。

この出来事がどれだけ影響したのかはわからない。

そして15年経ってからわかる真実があるということに驚いた。

私は今、龍神との関りはない。

どちらかというと避けてきた。

だが、自分が知らない間に龍神との縁があったことに心の底から驚いた。

あの龍神様から一度も接触はない。

どこにいらっしゃるのかもわからない。

恐らくあの時助けてもらえていなければ、私は今頃死んでいるか、気が触れて精神病院に一生入院していたかもしれない。

今から思うとそれくらい大変な体験だったのだ。

あの時の光景、あの時のもう大丈夫という声をしっかり覚えている。

15年前のあの時に助けられた恩をまだ返せていないのが何よりも心残りだ。

15年前の記憶を思い出すのは骨が折れるかと思っていたが、私の魂やシッキーがちゃんと綺麗に保存してくれていたようで苦労はなかった。

恐らく前後はしていると思うが、その場所、その場所で起こったことや交わした言葉はしっかり思い出せているから脚色はない。

ここまで長編の恐怖体験はこれだけだが、これからも私の人生に起こった恐怖体験を書いていきたいと考えている。

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