霊能者りらなが思う、インディゴチルドレンの苦しみ

はじめに

前回、レアケース多発中。あなたは当てはまりませんか?の記事で書いた特殊な魂、インディゴチルドレンについての考えを書いていこうと思う。

高確率でインディゴチルドレンである私、鑑定士りらな。

そんな私だからこそ思うことがある。

以前の記事にも似たようなことを書いているが、生きづらさで悩んでいる方は是非読んでほしい。

そして自分の子どもなのに育てにくいと感じている方にも読んでほしい。

きっと私と同じような道を辿って来た方、これから辿るであろうことが書いてあるはずだ。

恐らくインディゴチルドレンである霊能者りらなの思い

正直に言うとスピリチュアリストさん達が騒いでいるほどインディゴであることは良いこととは言えないと個人的に思っている。

私にしては珍しいが、結論から話すとしよう。

確かに特殊な使命がある。

周囲とは違う。

それは傍から見れば良いことのように感じるかもしれない。

もちろん良いことだってある。

実際、私は職に困らなかった。

だが、マイノリティー(少数派)であることの孤独感はきっと当事者にしかわからない。

それが顕著に現れるのが学生時代なのだ。

恐らくインディゴチルドレンである霊能者りらなの過去

何が正しくて、何が間違っているのかわからない。

社会的通念を理解しようとすると私の中の何かがそれを否定する。

染まるな。

変えろ。

挑め。

屈するな。

お前は間違っていない。

そう何かが私に語り掛けてくる。

その度に周囲とのズレに苛立って、当たり散らす。

向けられる嫌悪や侮蔑の視線。

そして怒り。

取られる距離。

幼い子供がこれに耐えなければならないのだ。

こんな地獄はない。

それでも心に届く言葉に従うしかない。

それだけ聞けば精神異常者かもしれない。

現に私は物心がついてからの15年間、自分は精神異常だと思い続けてきた。

ずっと、ずっと自分を探していた。

私なりにたくさんのことを我慢した。

たくさんのことに目を瞑った。

心の目が潰れてしまったのかと思うほどに思うことを辞めた。

普通の人のように振る舞う。

見よう見まねで振る舞う。

喜ぶ周囲とは反対に私の中の何かが奥に沈んでいく。

心が冷えていく。

寂しくて、寂しくてたまらない。

悲しくて、悲しくてたまらない。

あー死にたいな。

もう疲れた。

何度泣いたか分からない。

誰か私を見つけてください。

私をここから連れ出してください。

もう許して…。

神様、お願いです。

何でもします。

私を普通にしてください…。

そう願い続けた。

神様に殺してくれと頼むと怒られる気がした。

でも叶わない。

何も変わらない。

私は自分を理解し、導いてくれる人を探していたが、そんな人間は現れない。

むしろ自分を理解する日も連れ出してもらえる日さえも全然来なかった。

愛する人の死、そして崩壊

唯一の救いだった祖父が病気になった。

祖父は懸命に病気と闘った。

幼い私は何もできない。

私は懲りずに神様に祈った。

それを理由に私は祖父の死から目を背けた。

逃げたのだ。

そして祖父は死んだ。

私が遊びに行っている間に。

そんなはずはない!

神様は一生懸命祈れば願いを叶えてくれるんでしょ?

今まで我慢した!

何も変わらなくても我慢した!

この時の為だったんじゃないの!?

私は神仏を信じなくなった。

そして逃げた自分も普通でない自分も憎むようになった。

“自己中”

“鬼畜”

“気持ち悪い”

“あんたなんか大っ嫌い”

きっとこの言葉は一生忘れない。

その頃から私は何かを切り離した。

そして心のどこかで全てを否定した。

何もかも必要なかった。

もう終わらせたかった。

“生まれて来てくれてありがとう” そう言われたかっただけ。

でも、求めることに疲れた。

求めたって何も得られない。

期待すれば、腹が立つだけ。

腹が立ったあと、いつも嘲笑が沸き上がってくる。

いつまで経っても学ばない自分に笑いが込み上げてくる。

ある時から聞こえてくるようになった声。

何を期待しているんだ。

お前みたいな人間に何が与えられると言うのだ。

答えろよ。

お前に価値なんてない。

ただ生かされているだけの哀れな人形。

可哀想になぁ~。

頭に響く声が嬉しそうに私にそう囁く。

私はいつからか何者かに憑りつかれていた。

そのせいか私は更に解離していった。

みんなの前では笑った。

たくさん話した。

“よし、今日も上手く乗り切れた”

布団の中に入り、毎日そう思う。

来るであろう明日を恨めしく思いながら、目を覚まさないことを毎晩祈り始めたのはいつからだったかすらもう覚えていない。

お墓に行った時は毎回伝えた。

“あの時はごめんなさい。おじいちゃん。”

“大好きだよ、おじいちゃん”

“信じてもらえないかもしれないけど、本当に大好きだよ。”

“これからもずっと”

“でも、できれば早く迎えに来てね”

そう言って泣いた。

声を上げて泣いた。

その頃、全てが嘘で塗り固められていたが、祖父の前だけは嘘は付けなかった。

そして成す術もなく、そして生きることに絶望し、疲れ切っていたが楽しそうに振る舞うことにも慣れた20歳の冬。

私は突然覚醒した。

私が何かを伝え、私はどうあるべきで、私を行くべき道へ導いてくれたのは不可視の存在だった。

それはこう名乗った。

“俺はお前の魂だ。”

今の霊能者りらなは過去のおかげ

あれから11年が経った。

たくさんのことがあった。

たくさんの事を乗り越えたし、諦めもした。

あの時に憎み続けた自分も祖父の霊に会って、話したことで緩和し、たくさんの経験の中で自分を好きになることもできた。

今は過去の自分が如何に未熟だったか理解している。

今は誰も恨んでいない。

ただ、心に傷は残っている。

今でも疼く時がある。

その時いつもりらなファミリーが言う。

“お前は成長した”

“誰もお前を憎んでないよ”

“傷の数だけ人を助けよう”

“傷の深さだけ何かを愛そう”

“その経験が今のお前を作った”

“感謝しよう”

“今を。”

まとめ

きっと家族が読めば怒られる(笑)

そんなことあるわけないだろう。と。

どこかの記事にも書いたが、きっと私は発達障害だ。

具体的に言うと脳の発達のバランスが悪い。

私はたくさんのものが欠けている。

今でも計算が大の苦手。

手先も不器用。

学生時代はのび太くんもびっくりな点数。

よく大学を卒業できたなと自分でも思う。

私はたくさんのやってはいけないこともした。

喧嘩もしたし、謹慎にもなった。

突然おびただしい量のピアスを開けたり、突然金髪にしたりもした。

登校拒否もしたし、留年もした。

何度も親を泣かせたし、弟や妹に迷惑もかけた。

そんな人間が何を言っていると言われるだろう。

確かにそうだ。

私もそう思う。

ただ、私の家族だけでなく、読者の方々にもわかってほしいことが一つだけある。

“自分が見ていることだけが全てではない”。

=事実と真実がいつも同じとは限らないということ。

頭が悪くたって、素行が悪かったって、社会性がなくたって心はある。

心があるだけ、思考は存在する。

目に見えない真実を読み解くのが霊視なのだ。

この力を育てる為にこんな経験をしてきたのかもしれないが、正直本当に勘弁してほしい。

私には戻りたい過去なんて一つだってない。

過去は地獄でしかなかったから。

祖父の存在は蓮の花のようだった。

だから依存した。

とことん依存していた。

永遠なんてない。

何もしないで得られるものなんてない。

与えられたものはいつだって自分の指の間から零れ落ちていく。

失っていくばかりなのだ。

そんなことばかりをしこたま学んだ。

だから私はたくさん笑える未来を創るために今を生きている。

家族には感謝している。

母には特に感謝している。

捨てずに、育ててくれた。

伝え続けてくれた。

だから、今がある。

そして辛く、苦しんだからこそそれが今の霊能者人生の原動力になっている。

悲しんでいる人が笑えるように。

寂しい人が安心できるように。

苦しい人が楽になれるように。

その為に私は今、生きているのだ。

こんなマイナスなことだけ書いては終わりません!!

次回、“やってやんよ!!ーインディゴチルドレンの挑戦”

お楽しみに!!

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